敷島工藝社産業部

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平成14年1月度・月報

1.大阪上町台地の博物館
(大阪歴史博物館)


<新大阪市立博物館>

 大坂城の南西隣り(大手前四丁目)の地区には、かって大阪市立体育館がありま
した。この一画は平成13年11月に大きく風景を変えました。
 大阪城内天守閣の南にあった市立博物館と上町筋を隔てて大阪城のお堀に面して
東側の馬場町にあったNHK大阪放送局が揃ってこの地に引っ越してきました。

大坂城南西端のお堀越しに
新高層ビル群を望む
北側(右)から
建設中の大阪府警察本部新庁舎
新NHK放送会館、
その手前が、大阪歴史博物館
さらにその手前の白亜の殿堂が
旧NHK放送会館
尖塔が教育塔
(教育殉職者の慰霊塔)
放送会館の裏手は、
国立大阪病院の病棟
南側(左端)上町台地の民間ビル群
  大阪市立博物館は昭和35年(1960)大阪市制70周年記念事業の一環とし
て、大阪城内(大阪市中央区大阪城1−1)に設立されて42年経ちました。
 元々博物館の建物は昭和6年(1931)大阪市民の寄付による旧日本軍第四師
団司令部の庁舎であったのです。戦後一時警察関係の建家とされていた物を博物館
に転用したわけですから、建物は既に70年の歴史を有するわけです。

大坂城内時代の旧大阪市立博物館と背後の大阪城お堀越しに望む高層ビル街
  旧博物館での展示物は、次のような8室に分かれて
置かれていました。
展示室展示テーマ主な展示物
No.1発掘された大阪古墳時代まで
No.2大陸への門戸・難波難波宮時代
No.3中世の大阪豊臣秀吉時代
No.4町人の町大阪近世大阪
No.5天下の台所近世商工業
No.6大阪の周辺農村近代農業
No.7大阪の学問と芸術江戸期町人文化
No.8大阪の芸能浄瑠璃・歌舞伎
 難波宮から数えて1350年の歴史的都市大阪に相応しいようにと、旧博物館の
展示内容を一新して、新博物館では高層ビルの上層階を使って眼下に難波宮跡や大
坂城を見下ろしながら、あるいは地下の遺跡を保存しつつ、次のような展示を行っ
ています。

新博物館の開館を報道している新聞記事と難波宮大極殿実物大展示
新大阪歴史博物館の展示内容
展示階主な展示内容
10難波宮大極殿(奈良時代)眼下に難波宮跡を望む
大阪本願寺(安土桃山時代)水郷風景(江戸時代)
発掘現場の再現(なにわ考古研究所)
「大大阪」街角風景(御堂筋・心斎橋筋)
特別展示室(会館記念展「朝鮮通信使と民間屏風」
「発掘された日本列島2001」
講堂・研修室
学習情報センター「なにわ歴史塾」
約6.5万冊の蔵書の内歴史図書開陳約4千冊
総合案内・ミュージアムショップ
B1地下遺構(難波宮跡)
 高さ83mの新博物館の特徴は、見学ルートにあります。
 入場すれば、まず最上展示階の10階(地上57m)に登り、順次下りながら巡
覧できることも特徴ですが、博物館立地の場所そのものがかっての古代の歴史的遺
跡であるということでしょう。


地下遺構の展示状況・5世紀の復元倉庫・前期難波宮のイメージイラスト
 大坂城南および南西域法円坂一帯には、次の遺跡の存在が戦後昭和29年からの
発掘調査で確認されています。
時代区分年代遺跡群
古墳時代5世紀法円坂遺跡・十六棟以上の
掘立柱式大型倉庫
「難波大蔵」
(復元倉庫建物あり)
飛鳥時代7世紀中頃孝徳天皇・「難波長柄豊碕宮」
奈良時代8世紀後半聖武天皇「難波宮」
 これらの遺跡は地下展示コーナーでガラス越しに見学することが出来るという今
までいない博物館展示形式を採っているのです。
 平成13年11月3日の開館に先立って読売新聞の短評「今日のノート」では次
のように報道しました。

新聞記事と発掘現場
 
 この新聞記事にもあるように一時間で廻るハイライトコースも設定されています
から、「・・・・退屈せずに見学できそうだ。」し、歴史に関心の高い人が実際に
見学した場合、次のような訪問記が聴取できています。

<大阪歴史博物館>見学記
 三都探索人の「平成迷想録」担当者から紹介されていた「大阪歴史博物舘」と
「住まいのミュージアム」(参考メモ・その3参照)を先日、立て続けに見てきま
した。
「大阪歴史博物舘」は谷町4丁目大阪城公園傍にNHK大阪新放送会館に隣接して
建設され、昨年11月3日に同時オープンされたもの。
 ちなみに、「住まいのミュージアム」はJR天満駅の横の天神商店街の北詰、天
神橋6丁目にある大阪市住まい情報センタービルの10−7階にあります。いずれ
も大阪市の市営だそうで、大阪市民なら65歳以上で入場料がタダになるそうで
す。(中略)

 大阪歴史博物館は飛鳥時代の難波宮跡を望観できる場所に建てられた10階の楕
円壁ビルで、エレベーターで10階まで上がり、見ながら下りてくる形で、東京江
戸博物館に似ています。スタイル内容自体も東京に対抗して考えたことがよく判り
ます。
 10階はいにしえの難波宮が主題で、大極殿、古代人の模型、コンピュータグラ
フィックでの映像、遺跡発掘の状況などの展示があります。

 建設費に240億円、展示経費に60億円かけたと云うことですから、さすがに
たいしたもので、期待以上の展示でした。古い歴史は以上で、次の展示は信長時
代、江戸時代と飛びます。考えてみると歴史というのは物的証拠がないとなかなか
その姿が表に出て来にくい。

 特にこの国の最高権力が奈良、京都、鎌倉、江戸と移っていると、難波には人材
も資金もモニュメントも残りにくい。貨幣経済がようやく浸透して大阪商人が台頭
するようになり、ようやく歴史としての事物が残るようになるようです。
 その点、東京の博物館が「江戸東京博物館」と江戸に重点を置き命名したのは賢
明だったと思います。
 展示はいろいろ盛り沢山なので1、2時間では不十分で、もう一度時間をかけて
ゆっくり見たいものだと思いました。

 館内の管理をされて居られる人達は、ボランティアの方々で、多くおられます。
お聞きすると全体で40人のぐらいの人が登録されており、週に2回午前か午後出
てこられるとのこと。交通費ぐらいはでるそうですが、シニアの活躍の場の一つで
はあるなと、認識を新たにしました。
             (平成14年1月20日 「閑居士」フクロウ 記)

<博物館の役目>

 先の太平洋大戦より既に50年以上経ち、世の中は物質面でも精神面でもゆとり
が出来ると共に、経済的繁栄よりも文化面の充実に人々の考えが向かうようになっ
てきました。
 今回開館した大阪市新博物館である「大阪歴史博物館」をとってみても、かって
の戦争関係施設が国から地方自治体に移管されると共に文化面における社会資本充
実の役目を割り当てられることになりました。

 博物館に始まり、美術館、音楽堂、民俗芸能面の維持保存活動に大きな状況の好
転が見られた戦後50年を云えましょう。
 さて物理的に充実してきたこれらの文化の容れ物に本当にないように見合った物
が入り、なおかつそれを享受する人々の側の考えの向上は見られるのでしょうか。
大きくは民族文化レベルを上げる効果が出ないと意味がありません。

 戦後50年をせっせと働き通してきた世代が新世紀21世紀の後世の人々に送る
遺産と言うべきプレゼントとして考えるべきでしょう。新世紀の人々の文化向上を
期待したいところです。

上町台地で撮った1400年を圧縮した写真


  この写真は、「歴史博物館」「新NHK大阪放送会館」前の広場から京都の方向
に向かって撮った写真です。
 この写真の中に1400年の歴史的「博物」がいろいろ詰まっています。
 古い時代から順番に並べますと、次のようになります。

   5世紀 大型復元倉庫(屯倉)
   7世紀 難波宮関連遺跡
  16世紀 1583年豊臣秀吉の大坂城
  20世紀 1936年 旧JOBK白亜の殿堂
       1939年 ジェット機の発明
       1980〜2000年 大阪ビジネスパークの高層ビル群
  21世紀 2001年 「大阪歴史博物館」「NHK大阪放送会館」

 上町台地に蓄積された1400年の歴史に繋がる未来の風景はどのように
変わっていくのでしょうか。
 21世紀の輝かしい前進を想像しましょう。
大川(旧淀川)を行く水上観光船と大阪ビジネスパークの高層ビル群

<参考メモ・その1>博物館の歴史

 一口に「博物館」と言ってもその範囲は、考え方によって非常に広いもので、歴
史博物館・美術博物館・理工系博物館・自然史軽薄物韓およびそれらを総合した博
物館もあります。さらに広義に言う動物園・植物園・水族館なども範疇に容れるこ
とも可能です。
 その名称も様々で、主として歴史・民俗・考古学・文化史などに重点を置いた博
物館の歴史を参考資料(出典:加藤有次・椎名仙卓「博物館ハンドブック」雄山閣
出版(1992年2月)に漁りました。
 因みに欧米語の「MUSEUM」に「博物館」なる訳語を充てはめたのは130
年前の明治5年(1872)開拓使発行の英和対訳辞書とのことです。
国 名年  代博物館事歴
ギリシャBC387プラトンがアテネ西北アカデモス神域に
学術研究学園創設
エジプトBC305プトレマイオス1世がアレクサンドリア王宮内に
ムウサイ学園と付属図書館創設
英 国1683年
1759年
オックスフォード大学にアッシュモレアン公共博物館誕生
世界初の国立博物館(大英博物館)開設
フランス1793年シャルル5世・ルイ14世蒐集物ルーブル博物館開館
米 国1773年チャールストン博物館開館(サウスカロライナ州)
日 本1757年
1872年
田村藍水・江戸湯島天神物産会
湯島聖堂博覧会・博物館
日本に於ける本格的な
西欧風博物館は
明治3年(1870)大學南校
物産局仮役所が前身となり、
明治5年(1872)湯島聖堂での
博覧会後博物館が開館しました。
名実共に本格的博物館は、
明治15年(1882)3月20日
上野博物館の開館です。
 現在全国各地に各種各様の博物館が文化情報を発信しています。
  その他の参考情報も参考として引用します。
 1951年12月「博物館法」が公布され、博物館協議会や学芸員の設置が定め
られた時点では、対象館は239館園で、大學教育課程での取り込みも始まりまし
た。約100校が毎年3000人の学芸員を養成しました。
 1990年4月現在737館に増加し、日本博物館協会会員だけでも2589館
園に膨れ上がりました。これは、多分に時代の動向を反映した民間の各企業が「企
業博物館」を競って設置するようになったことと、町村の自治体まで歴史民俗資料
館なる施設が普及するようになったためです。

 さらに最新の情報として、「歴史博物館事典」(大高利夫編・日外アソシエーツ
(1999年)によりますと、郷土館、考古博物館、人物博物館などを除き、主と
して歴史をテーマにした博物館は全国で260余館あります。
 一例、大阪府の場合でも、次の9館あります。

 「大阪市立博物館」(大阪歴史博物館)
  「大阪人権博物館」
 「大阪府立上方演芸資料館」(ワッハ上方館) 
 「大阪府立近つ飛鳥博物館」
 「大阪府立弥生文化博物館」
 「柏原市立歴史資料館」
 「堺市博物館」
 「堺市立平和と人権博物館」
  「歴史館いずみさの」

 これらの全国組織として昭和3年3月から財団法人日本博物館協会(JAM)が
あり、年間2億円近くの予算を組んで、各種の刊行物で広報活動し、東京国立博物
館長を会長とする会員は約1,900にもなっています。
 国際交流事業である国際博物館会議への日本代表も務めています。 
   

<参考メモ・その2>NHK大阪新放送会館


 「大阪歴史博物館」の開館と同時にアナトリウムという共同空間を介して西隣に
「NHK大阪新放送会館」も3年半の建設年月をかけてオープンしました。
  これまで上町筋を挟んで東側の大坂城お堀端に1936年「白亜の殿堂」として
建設されたJOBK旧放送会館が42年の歴史を閉じ、18階建て高層ビルの事務
所に移転し、6テレビスタジオと6ラジオスタジオの他に放送博物館コーナーも併
置しました。
 跡地は南に隣接する難波宮跡公園になります。

 会館内の1階から6階分を占めている最も大きな施設はNHK大阪ホールで、1
417席の2階構造で、舞台は18m幅X17m奥行きを有し、500インチ大型
映像設備も屈指出来ます。

 しかし全国何れの放送会館にも見られない特徴は、隣接する歴史博物館と協力し
て、地下にある7〜8世紀の旧難波宮の遺構を展示している点でしょう。
 これから新NHKは、いにしえの遺構の上に立って21世紀の新文化情報をハイ
ビジョンテレビ網に載せて、発信してくれることを願ってやみません。

<参考メモ・その3>大阪市立住まいのミュージアム

 この博物館は、2001年4月に開館したテーマ博物館で大坂の町の庶民の生活
環境約150年を紹介している物です。
  場所は大阪市の代表的な商店街で、その長さは日本一といわれている天神橋商店
街6丁目交差点の角で、9階は江戸時代の風景を、8階は明治・大正・昭和の時代
の風景を展示しています。


  この開館の見学記も、「フクロウ」氏にお願いしましょう。

<住まいミュージアム>見学記
 「住まいのミュージアム」はJR天満駅の横の天神商店街の北詰、
  天神橋6丁目にある大阪市住まい情報センタービルの10−7階に
  あります。

  住まいのミュージアムは1830年代天保の頃の大阪船場の商家、
  長屋を模した家並みの再現がウリで、米朝さんの説明と相まって
  古き時間の流れのゆるやかな時代をほのぼのと思い浮かべる仕組みに
  なっています。
  当時の銭湯は男女混浴で、一人8文だったとのこと。今のオカネで
  360円ぐらい。今の銭湯代とチョボチョボか。

  ウロウロするといろいろ新しいことを知ることが出来ます。
  皆さんも一度ご見学を。」
          (平成14年1月20日 「閑居士」フクロウ 記)
 編集責任者が撮影してきた館内の様子を以下に添付します。




*** 平成14年1月25日 ***産業部技術顧問・中西久幸


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